平安時代、京都の平安京には東鴻臚館・西鴻臚館という外交で使用する迎賓館が存在し、この鴻臚館ではおもに渤海使を迎賓していた。「鴻」は大きな鳥、「臚」は伝え告げると言う意味で「鴻臚」という言葉は外交使節の来訪を告げる声を意味していた。かつて日本と世界をつないでいたこの場所を国際村の敷地として選定した。敷地の周辺には、島原大門や角屋など歴史の息吹を感じる場所や梅小路公園や京都水族館など人が多く集まる場所が集まっている。歴史的な観点だけでなく、このような場所を選定することで外国から来た留学生にとっては、国際村を拠点として周辺のこのような場所、さらには京都のあらゆる場所を訪れ文化を学ぶ、“街中 キャンパス”としての機能を持つことにもなる。
外観は、平安時代朱雀大路のあった地であることをふまえ、この場所に平安京の路をデザインに取り込むことを意識した。語学研修棟は特に南北の直線を強調したデザインとし、これを大路とする。さらに平安京の各町は40丈(120m)四方でであった事から120mごとに東西に通り抜けが出来る路をも設け、これを小路とする。これによって、この語学研修棟に来れば、平安京のスケールが体験することができる。さらに南北に連なる大きな“ガラスブロック”も京都の街をイメージした格子状である。